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「幸」と「辛」について

表裏一体の"まぼろし"

「幸」と「辛」って似てますよね。

「一」があるか無いかで印象がまるで違いますが、実は寸分違わず同じ物なんです。

「全く別物じゃないか!」と思われるかも知れませんが、「一つ」大事なことに気づけないだけで、現実に対する意味づけが変われば全く同じ物なんです。

だから、「一つ」見方を変えるだけ。

今の自分の姿は、過去に求めたとおりの姿が具現化されたものです。

それはいいとか悪いとか、幸とか辛とかいうものではなく、ただ単にそこにある現実です。

事象はどうあれ、その事象にどんな意味づけをしている自分がいるか、自分の世界は全てこれで決まります。

小さい幸せを求めたのに、大きい辛苦が身を襲う、なんてことは絶対にありません。

逆に言えば、大きな辛苦を感じているのは、大きな幸福を求めた結果です。

「幸せに見える人」は、端からそう見えるだけであって、その人なりの大きな辛苦をしょっています。努力であったり、責任感であったりと、色々。

繰り返しますが、現実におこる全ての事象に、もともと意味なんかありません。「ただ、おきている」だけです。

その現実をどう捉え感じているか、というより、どう捉えている自分か、どう感じている自分か、に気づくことはとても大切なことです。

気づいた瞬間に、幸も辛も表裏一体であることに気づくはずです。

もともとすべては幻想ですから。

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