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幸福の条件

どんな人でも必ず幸福になれるたった1つの条件と4つの方法。

こんにちは。所長の川端康稔です。

今日は「幸福の条件」についてお話しします。

写真の女性は、カップを片手にほほえんでいます。

この女性からあなたは何を感じるでしょうか。

①「羨ましいなぁ、こんな人になりたいなぁ」

②「どうせ撮影の仕事での営業スマイルでしょ?」

③「白い背景に、白いタンクトップ、青いジーパン、髪の長い白人女性が、白いカップを口に運んでいるなぁ。」

④「見ているとなんだか心地よいなぁ」

①、②、のような感想を抱いた方は、ご自分の現在の状態、人生経験や記憶に、なんらかの投影をしている方です。

③のように感じた方は、余計な意味づけをせずに、ただただありのままを眺めることのできた方です。

さらに④は、③のように感じた上で、自分に都合よくポジティブなイメージに変換できた人です。幸福な人生を歩んでいる人か、何らかの成功を収めている人でしょう。

禅問答のようで少し難しく感じるかも知れませんが、これを理解すると、人生の景色が変わります。

 

 

さて、結論から先に。

幸福の条件はたったひとつです。

 

『心地よさを感じ続けていること』

 

とてもシンプルです。

何を見ても、何を聞いても、何を嗅いでも、何を味わっても、何に触れても、何処にいても、何を言われても、幸福感を失わないこと。

 

「あり得ない」って声が聞こえてきそうですね。

でもあり得るし、あり得ないと感じる方には残念ながらあり得ないのかも知れません。

せめて「あり得るかも知れない」と感じてほしいものです。

 

そして、心地よさを感じ続けるための方法として、次の4つがあります。

①身体的健康(ありのままの現実)

②精神的健康(意味づけされた情報)

③無意識に負の意味づけをさせない技術を身につける

④好きなことだけをすると決める

この4つだけです。とてもシンプルでしょう?

しかも実は、特に重要なのは③と④だけです。③と④さえできていれば、①と②はどうでもいいことです。これさえ出来れば、お金やパートナー、地位や名誉など、必要なモノは向こうから勝手に近づいてきて、必ず手に入ります。

いまこれをお読みくださっている方はこの重要な真実を無料で知ることができます。

そして、実践すれば、禁酒禁煙、依存症、その他身心を縛り付ける全ての障害から解放されるだけでなく、幸運や夢を手に入れることでしょう。

 

ただ、問題があります。それは「正しく理解することが出来るか」です。

これは魔術でも暗示でもなんでもない、脳の機能に基づいた事実であり、真理です。

真理は体験してはじめて実感するモノなので、言葉で伝えるのは正直言うと不可能です。

なので、惜しみなく紹介することにします。

とはいってもセンスのある方は、きっと感じるところがあるでしょう。

ぜひ、ご自身の人生のヒントとして存分に活かしてください。

私のところに通って意識をこのように変化させただけで、禁酒禁煙はもちろん、B型肝炎、うつや膠原病、等々様々な病気をを完治させ、お医者様をビックリさせた方がたくさんいます。

ザックリ言うと、方法は全て③と④を実践した結果です。

自然治癒力を間違った信念や常識から解放させるととてつもない力を発揮します。

生きる力はおぞましいのです。

さて、まず①の身体的健康

人生のベース、肉体の健康のことです。肉体がないと幽霊になってしまうので、生きられなくなってしまいます。肉体は必要不可欠な要素です。その肉体が健康だと、五感がさえざえとしますし、頑強であればさらに能力を遺憾なく発揮することが出来ます。

しかし、4つの条件の中では、実は一番重要度の低い条件なのです。

モノ・カネ至上、市場原理主義に洗脳された現代人にはなかなか受け入れがたい真実ですが、乱暴な言い方をすると、そもそも体なんて存在さえしていれば、あとはどうでも良いのです。

 

なぜなら、もともと物理空間には意味などないからです。意味がある、という思い込みは脳が勝手にしているだけで、この肉体も含めて物理空間に広がる全ての現象には美醜も正誤も善悪もありません。肉体は何も考えないし、ただあるだけです。脳がエラーさえ起こさなければ、肉体は頑強さを堅持できるし、そうそう壊れはしません。むしろ下手に気にしない方が強くなります。肉体を壊し、修復不可能にさせるのは、体の弱さではなく、「思い込み」です。

例えば、肥満。これは遺伝だけでなく、ほとんどの場合、ストレスを感じ、ストレスで蒙った不満を食欲で満たそうとした結果です。脳がエラーさえ起こしていなければ、食事を過剰に摂取することはありません。お腹が減ってないのにご飯を食べたいと思ってしまう方は注意です。

また例えば、筋トレをして筋肉痛になったとします。このとき筋繊維は断裂を起こし痛みを生じているため、身体は決して健康とは言えません。

それを心が「痛い、苦しい、もうやだ」と感じていたら、筋肉痛以上の痛みを全身に感じることでしょう。

しかし逆に、心の中が「これでまた強くなる!」という満足感で溢れていたら、筋肉痛の痛みはジーンと清々しい響きとなって痛みを和らげ、幸福感を生みどんどん増幅していきます。

それが、②の精神的健康です。

もともと意味の無い物理現象に対し、どんな意味づけをするかで、その現象は良くも悪くも作用します。自分にとって都合の良い意味づけを無意識でし続けることのできる人は幸福ですし、成功者の多くの人達はこの意味づけをし続けています。

お金や人脈など、どんなに物理的根拠がなくても、根拠のない自信だけで都合良くこの世界を変化させることは可能なのです。

 

しかし、これは選ばれた人のみが持つ能力です。環境にも教育にも親の愛にも、そして人間関係にも恵まれた人に多い特性です。

 

突然大勢の前で、コロリン!っと、転んでしまっても、それを笑いに変えようとする人もいれば、恥ずかしさに気分を暗くする人もいます。でも転んだという現象に過ぎません。中には気にも留めず何事もなかったかのように歩き出す人もいます。

この「気にも留めずに歩き出す」のが重要な条件の1つです。

すなわち③の「無意識に負の意味づけをさせない」です。

意図的に、無意識が行う意味づけの機能をストップさせるクセをつけるのです。

本来、自分の人生の目的に関係の無いことには意味づけなどしないでいいのです。意味づけをすることで世界が複雑となり、脳が疲弊し、全ての現象に能力が分散してしまうことになります。

意味づけをしない技術、というものがあり、これは普段からちょっとした修練を積むことで、どなたでもで楽に人生を生きることが出来るようになります。

我々の脳は、目の前で起こる全ての現象を脳内で言語化する、ということを無意識に行っています。そうすることで現象に意味を持たせ、自分の命にとってプラスかマイナスかを意識に上がる前に勝手に判断しています。意識に上がる頃には大した理由もなく「好き」「嫌い」がすでに決まっているのです。②の精神的健康を保持している人はいいですが、そうでない人はイヤなことにさいなまれます。

これをさせないためには、脳内の言語化を意識的にストップさせることです。

そうすると、とてもクリアに目の前の現象を眺めることが出来るし、自分にとって不都合な意味づけを阻止することができます。ありのままの現実を肯定も否定もせずに眺めると、負のストレスが生じなくなり、幸福感と安心感に包まれていきます。

禅宗や密教のお坊さん達が目指した世界はまさにここです。

いわゆる「悟り」の状態です。

悟りとは、思い込みや洗脳から解放され、目の前の世界がもともと意味など無い世界であることに気づいている状態です。

これは実際に体感することで分かることなので、言葉でお伝えするのはなかなか難しいのですが、ひとつ注意していただきたいのは、意味が無いから価値がない、生きる必要がない、ということではありません。むしろ生きる力を解放した、完全な自由の状態、という意味です。

そしてこの悟りに達するために一番良い方法が、瞑想です。

最先端の瞑想法と呼ばれる「マインドフルネス」も実は仏教哲学からヒントを得ています。

そして、ただ悟るだけではなく、悟った上で、意味の無いこの世界に、自分の都合のいいように世界を意味づけしなおし、自由自在の幸福な人生を生きるために必要な条件が、

④の、

「好きなことだけをする」

です。

人間は、特に現代人は、常識や法律、道徳や習俗等、その民族の間でしか通用しないようなしがらみでがんじがらめになって生きており、本来の能力を発揮できていない人がほとんどです。

働かなければ生きていけない

愛されなければ生きていけない

技術を身につけなければ生きていけない

嫌われたら生きていけない

ルールを守らなければ生きていけない

それはそうかもしれないけれど…、どことなくネガティブな言葉ですよね。

苦しみを伴うのが当然といったような、主に苦しみに焦点を当てた考え方です。そしてこれはココロの使い方としては間違っています。なぜなら、損をしたくないから頑張る、というネガティブな発想や価値観を刻みつけるだけだからです。

正しくは、生きることを楽しむために○○する、です。

我々は、働くために生きているのではありません。生きることを楽しむために働くのです。

愛されるために生きているのではありません。生きていることを楽しんでいるからこそ愛されるのです。

嫌われることを怖れる必要はありません。短い人生劇場を楽しむためには脇役に気を遣ってるヒマなど無いのです。

等々…内容は同じでも、意味するところは真逆です。

生きることを楽しむこと、が目的であれば、すべての義務は排除され、自由になります。

「そうすることが当たり前」

になります。

間違った信念に置かされている自分に気づき、その信念を除去し、新たな生きやすい信念に上書きすること、これがとても重要です。

○○しないと生きていけないからそうするのではなくて、生きることを楽しみたいからそうしている、ということ。

誰かにこう言われたから…というような義務感や受動的態度ではなく、ワクワクするような好奇心を胸に、自分で選択し、自分で決定し、能動的態度な人生を生きる権利や自由があることに気づくことです。

どんなに自分がみじめか、ではなく、どんな自分でいることが好きか。

姿勢やライフスタイルはいつだって、どこでだって自由に選んでいいんです。

同じ現象でも、こうするとこうなるから、でなく、自分がこうしたいから、という気持ちに焦点を当てたり、意味づけをしなおすと、この世はとてもシンプルで透明な、美しく澄んだ世界に変化します。

例として適しているかどうかは別にして、例えば、タバコをやめたい人。

タバコなんか、吸ったって吸わなくったってどちらでも良いのです。

 

しかし、もし現在タバコを吸うことで苦しんでいるとしたら、タバコは簡単にやめられます

 

でも、禁煙で苦しんでいる人はこれを否定するでしょう。

それは間違った信念にがんじがらめになって頭が洗脳されているからです。本人は禁煙すること=苦しみ、という幻想に常に苦しんでいます。そんな単純じゃない、とやめられない理由をどんどん考えるでしょう。

この場合、フォーカスを変えることです。それだけで簡単にやめられます。

 

①タバコを吸っていることが苦痛=タバコの支配から逃れ、自由になることに焦点

②禁煙することが苦痛=禁煙中の幻想の苦しみ(離脱症状の間違った認識)に焦点

 

つまり、目的を幻想から現実にもどすこと。

・ノンスモーカーになってキレイになろうとしている自分

・清々しく毎日を送ろうとしている自分

。もっともっと健康で強く清浄な体を手に入れようとしている自分

・そのうえ金銭的に月に1万円ほど浮くぞw

 

ところが、禁煙を苦しいと思っている人は、タバコ会社や社会の洗脳によって、

・欲しいものが手に入らなる渇望感

・幻想の苦しみに耐え続ける自分

に焦点がいってしまうのです。

これは明らかにおかしくて、欲しくないものを手放すはずなのに、欲しくないものを手放したくないと思い込むというエラー状態です。

実際、体はタバコをやめたその瞬間から、健康を取り戻そうと働き始めます。毛細血管が膨らみはじめ血流がよくなることでボーッとしたり、ニコチンでエラーを起こしていたアセチルコリンの分泌量が正常に戻ろうとしはじめるし、やめた直後から体にフワーッと心地よい変化が起こり、良いことづくめのはずなのです。

それをなぜか、苦しみ、と思い込んでいるのは、間違った感覚を感じるように、意味づけをしているからです。

苦しみから逃れるのことが、苦しみなわけがありません。自由になるのにわざわざ苦しまなくても良いのです。その理論の矛盾にハッと気づいた瞬間簡単にやめられるはずです。

幸福に焦点を当てているのか、苦しみに焦点を当てているのか

ということです。

どちらが好きなのか、ということに気づくだけで良いのです。

喫煙者にしか分からない内容になってしまいましたが、実はこの理論は他の依存症等にも言い換えることが出来ます。

良くなりたいのであって、悪くなるのではない。

得するのであって、損するのではない。

 

悪くなるために悪い状態を我慢し続けていた自分に気づくと、闇が晴れます。

瞬時に人生は完全に自由になり、輝き始めます。

我慢が目的で生きているのではありません。

やりたくないことをやるのが人生ではありません。

人生は自由です。好きなことをすべきです。

そうしたいなら、そうすればいいのです。

より良くなるのが好きだから、という理由以外に生きる理由などありません。

この世は美しいものだらけです。

とても心地よい世界です。

あなたはいま何を見て、何を感じていますか?

もっと理解を深めたい方は、ココロ研究所へ。

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