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催眠術に掛かりたいのに掛かれない方へ

ーもうひとりの自分を感じること—

古典催眠では、最初に被験者のココロに暗示が入りやすくするために「カタレプシーの誘発」というのを行います。

どんなものか、まずは下の動画を見てみましょう。

※文章を最後まで読んでからでもかまいません。

いかがでしたか?

この動画を見て「手が固まった」という方も、「固まらなかった」方もいるでしょう(固まらなかった方は文章の最後の方で体験しやすくなる方法をお教えします)。

「催眠術は、掛かりやすい人と掛かりにくい人がいる」

「深い催眠状態には入れるのは、10人いたらその中の2〜3人だ」

一般的にはこういわれていますが、これには少し語弊があります。

催眠術に掛かるか掛からないかは、その人の能力の問題ではないのです。

無意識の「信念」によるものです。

催眠術を信じるか信じないか、まずは脇においておきましょう。

理論からいえば、脳の構造上、催眠状態に入らない人は絶対にいません。そして神経に異常がなければ催眠暗示には必ず反応します。科学者でも医学者でもこれに異論を唱える人はいないでしょう。

ではなぜ催眠術に掛からない人がいるのか。

一言でいうと、それは「意識が、無意識の感じようとする力を邪魔している」からです。

掛かりにくい状態を作り出す原因はいくつかありますが、大きく分けると以下の5つです。

①術者と被験者の信頼関係

②術者を催眠術師として認識していない

③そもそも催眠術に興味がない

④催眠現象に興味がありすぎる。

⑤すでに別の暗示が入っている

①は当然ですよね。催眠術とは、被験者の無意識を術者がお預かりすることでもあります。誰だって信頼できない人や嫌いな人に暗示なんて入れて欲しくありません。手が固まるなんて言われても「はぁ?」となって、逆に反発しちゃいます。

②は、①と似ていますが、①が人としての信頼関係だとすると、②は「術者と被験者」という立場、人間関係の問題です。

例えばあなたが足を捻挫して診療所にかかるとします。なんの情報もない中、ふたりの医師がいたとして、次のどちらを医師を選びますか?

A,有名大学病院に在籍履歴のある医師

B,最初から治療院にいる医師

A,がどんなに若く無能で心ない医師であっても、高名な肩書きがあれば、きっとあなたは信頼するでしょう。

逆にB,が深い知識や高い技術力を持った真心の人でも、普通の人に見えたら、治るかな?って感じてしまうでしょう。

催眠術もそれと同じです。

実は催眠術師は家族や友人には催眠術を掛けにくいものです。それは被験者が術者を催眠術師としてではなく、催眠術師である以前の家族や友人としてみるからです。催眠術の場では、双方の心的関係が完全に「催眠を掛ける人と掛けられる人」になっている必要があります。

③は致命的です。催眠術は魔法ではないので、興味がない人に術者がいくら掛けようとしても絶対に掛かりません。

④は③の逆です。興味がありすぎたり、期待値が高すぎると、逆に掛かりにくくなってしまいます。

⑤は例えば「暗示で手が固まるなんてありえない」という強力な暗示が無意識の中にすでに入っている、ということです。「不思議なことは起こりえない」という信念ですね。無意識の判断なので自分の意識ではどうにもできません。

催眠術に掛かるには、物理感覚から精神感覚へ、思考からイメージへ、ココロをシフトする必要があります。

口の中に酸っぱいレモン汁をジューッとしぼった状態をイメージしてください。唾液が出てきますよね?

これは考えたのではなく、経験則から感じた結果です。

「本当に口の中にレモン汁を絞ったわけじゃないから、唾液なんて出るわけない」という暗示が崩れない人にはこの暗示は入りません。

でも、そういう人でも、実際にレモンをかじれば唾液は出ます。脳は酸っぱいものを毒として判断しますから、我慢しても必ず脳内から分泌腺を刺激する信号が出て、毒素を中和するための唾液が、舌の下のあたりからジュワ〜っとしみ出るようにどんどんあふれてきます、とここまで読むと、ほら、出てくるでしょ?

精神感覚の世界では、物理感覚の世界で現実に現象が起きているかどうかは関係ありません。脳内で事象が起きれていれば体は必ず反応します。

プラセボ(偽薬)効果がいい例ですね。

お医者さんが「特効薬!」と言って渡した薬が、例えラムネだったとしても、通常の医薬品と同等の効果をあらわすことは、外科・内科を問わず実験結果として報告されています。

ニューヨーク、コロンビア大学医学部のハーバート・スピーゲルの実験は有名です。

彼はイマジネーションを利用する実験で、米国陸軍のある伍長を被験者にしました。

催眠術をかけて催眠状態にしたうえで「その額にアイロンで触れる」と言い、額を突きました(しかし実際には、アイロンのかわりに鉛筆の先端で、この伍長の額に触れただけです)その瞬間、伍長は、「熱い!」と叫び、その額には、みるみるうちに火ぶくれができ、かさぶたができました。数日後にそのかさぶたは取れ、やけどは治りました。

これこそ脳の、現実の物理感覚かバーチャルな精神感覚かを問わず、より臨場感を感じた方を現実として捉える、という習性をあらわすものです。

催眠術は普段の、物理感覚(実際の熱さ)と、精神感覚(熱いという感覚)、とは逆のアプローチなわけですね。

その感覚や感情を抱かせてくれているのは誰でしょう。

それは、潜在意識や無意識と呼ばれる「もうひとりの自分」です。

意識(思考)では心臓や内臓を動かしたり、体温を調節したり、喜怒哀楽を変化させることはできませんが、無意識(もうひとりの自分)を表に出して体を支配させると、それが可能になります。

我々の体は実体を持たないもうひとりの自分に支配されています。

なので、我々見ている世界は、この絶対的支配力を持つ「もうひとりの自分」が描いたとおりの「思い込み」の世界です。その意味では催眠術とは「もうひとりの自分と対話する技術」「もうひとりの自分を感じ、気づく技術」であるともいえます。

以上のことをふまえて、さて最後に催眠術に掛かりやすくなる方法をお教えしましょう。

普段の物理感覚と精神感覚をつなぐ唯一の方法、それは「イメージ力」です(※註:「いめーじか」でなく「いめーじりょく」です)。

人類の発展もまさにこのイメージ力が原動力です。

イメージ力の世界では、物理世界の法則を突き破ることができます。妄想で王様になった感覚を味わったり、後ろに半透明な誰か立っているの感じてゾワッとしたり、愛する人に包まれて深い幸福を感じたり、ふと右手に熱湯を掛けられて「熱っ!!」ととっさに握り拳をつくったり、その握り拳の中を流れる血管に、やけどの薬といわれて、血液や筋肉や骨が固まってしまう不思議な薬を流し込まれて開かなくなってしまったり…。

上の動画はまさにそういうことなんです。

常識や理屈など一切無視して、イメージの感覚で拳を支配してみてください。開こうとしない無意識の感覚は必ず感じることが出来るはずです。

カタレプシーの誘発時は、催眠術に掛かっているような掛かっていないような状態です。無意識の感覚を感じることが目的ですから、ここで無意識の「手が開かない」という感覚を無意識に委ねることができるかどうかがその後の催眠深度にかかわってきます。そのため、その時は全く開けなくとも、覚醒後に「開こうと思えば開けた」と感じるも人もいるのです。

カタレプシーの誘発後に、術者が催眠深度を徐々に深めていくことにより、無意識(イメージ・感覚)が意識(思考)を完全に上回ります。別の言い方をするといつもの自分が活動を停止し、もうひとりの自分に体をゆだねる(支配させる)状態になります。

余談ですが、自分の中にいたもうひとりの自分に出会うと、感動する人もいます。「いままで気づかなくてゴメンね」と声を掛けたり「いつもありがとう」と感謝をしたり。

私自身が神社の宮司である事にも関係しますが、私は、人を支配する無意識のことを「内在神(内なる神)」とも呼んでいます。内在神が弱ったり、へそを曲げたりすると、内臓は動かないわ、リンパの流れは悪くなるわ、理由もなくイラつくわ、その結果、人間関係が嫌になるわ、で大変になります。

人間、特に現代人は、この内在神の霊力(気力)を浄化し、充電し増強する必要があります。

もちろん催眠療法でもいいのですが、昔から行われている方法もあります。

それは、自然の中に身をおいて自然の気に身を包み浸透してくるのをイメージし感じることや、

神社でご祈祷を受け、お祓いで心身を清め、神様の気で心身を満たすことです。

神社ってそのためにあって、決してイデオロギーの象徴のように扱われるべき場所ではありません。神や神社は先人達の智慧の結晶である、私はそう考えています。だから神社参拝の時は、歴史や文化などの学問的思考は脇に置きましょう。そんなもの学者や我々神職に任せておけばいいんです。

気を浄化し、増強する、というのは神経を正常化させ生きやすくする、ということです。

神経って心の経(みち)ではなく神の経(みち)って書きますよね?

そう、われわれの体には神様が流れているんです。

因みにその神を感じようとする営みこそが「神道」だと私は思います。先人達は万物に流れる気(電気信号を伝える微粒なイオン)こそが神であることを知っていたのですね。そしてこの気に感謝し、頂くことでさらに生きる力を得られることも。

話が脱線しました。

催眠術に掛かりたい人は、結論を言うと、

「イメージの世界を感じるようとすること」

「無意識が感じている世界を邪魔しないこと」

です。これを続けていると体に必ず変化が現れます。

ここまでたくさん理論的に論じてきたのに矛盾するようですが、「感じる」にはこの小難しい理論や思考が邪魔になります。だから催眠術や催眠療法を受けるときは無心になりましょう。

イメージ力や感じる心を、さらに養う方法を知りたい方はぜひココロ研究所へ。

(※神様を感じたい方はぜひ佐谷田神社へ)

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